法隆寺の玉虫厨子に描かれた捨身飼虎図

平成の玉虫厨子を見てからけっこう玉虫厨子のことが気になっているのですが、元は特別玉虫厨子が好きというほどではなくて、法隆寺自体が好きなのでその一部としての玉虫厨子が好きなのだろうなと思います。そして、思ってもいなかったところで気になる存在に再び巡り合ったのでなんだかひどく気になる存在になっています.

玉虫厨子は聖徳太子ゆかりのものです。そして、玉虫厨子で私が一番気になっているのは玉虫厨子の捨身飼虎図です。

菩薩本生鬘論等に出てくるお話でお釈迦様は前世で薩埵王子だったとき、飢えた虎とその7匹の子のためにその身を投げ与えて虎の命を救った、というおはなしです。

玉虫厨子の絵では身を投じる前の姿と、落ちていく姿、虎に食べられている姿が一枚の絵に描かれています。

聖徳太子の一族の末路が重ねられているといわれている絵です。

http://www.ne.jp/asahi/choonji/namo/hanasi3-163.html
(こちらを参考にさせていただきました)

 

聖徳太子の息子である山背大兄王が蘇我入鹿に襲撃され、法隆寺で太子の一族20数人とともに自決した事件があります。

 山背大兄王は蘇我入鹿と戦えば必ず勝つだろうけれど、そのために百姓を巻き添えにしたくないということで一族と共に自決しました(643年)。
その、人のために自分の命をも犠牲にするというところが、この玉虫厨子の捨身飼虎図に重ねられているということです。

この事件のことを悼ん作られたのか、はたまたこのような身を投げ出しても他人を救おうとする思想が先にあり、その故の結末なのか。玉虫厨子が何のためにいつ誰によって作られたかというのはあまりはっきりとわかっていないようです

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