法隆寺が好きになった原点は「日出処の天子」

聖徳太子・法隆寺関連の本とか読んだり、実際の法隆寺に何回も足を運ぶようになったようになったきっかけみたいなものは、「日出処の天子」という漫画です。

山岸涼子先生の描く厩戸王子。

美しくて、妖艶で、孤独で、切ない

そんなイメージです・・・

厩戸王子は賢くて女性と見まがうごとく美しい。

普通の人とは桁外れで、超能力ともいえる能力が備わっています。

何でもできてしまうゆえの孤独があちこちに見え隠れしていて。

人に本当に気を許すということのない中で、蘇我毛人にはいつの間にか気を許してしまう。そしていつしか惹かれていく。

そんな厩戸王子がとてもかわいくて切なくて大好きでした。

とっかかりというか原点はここなのです。そして興味を持って一冊の本を読むことになります。

実際その本を読みだしたきっかけがなんとなく記憶があいまいで・・・

その頃授業中にこの本の話を先生がされていたことがあったのを覚えているのですが、その頃すでに読んでいたような気もするし、その話と「日出処の天子」を結び付けて読もうと思ったような気もします。

そして、梅原猛先生の「隠された十字架 法隆寺論」

哲学者である梅原先生が書いたもので、聖徳太子の死後、彼の一族は全滅させられました。そのために怨霊となった聖徳太子一族の霊を封じ込めるための寺だというものです。

人が神になる時はその人が怨霊となり恐れられた時。怨霊を鎮めるために神に昇華させる。

かつて菅原道真が無実の罪で大宰府に送られて京に災いがもたらされた時にも、人が怨霊となって災いをもたらせたために道真は天神様という神になったのと同じように。そんな図式ができあがります。

山岸涼子先生もこの本を読まれ「日出処の天子」をかいたそうです。

この本で今までの聖徳太子のイメージが変わったというか・・・

以前はあんまりよくは知らないけれどなんか偉くてすごい人といったイメージが、悲しい出来ごとを背負っているそういうイメージになりました。

そして以前よりもより人間臭さを感じるようにもなりました。

この本を読んだ頃に「隠された十字架」を持って法隆寺を訪れました。簡単に行き方も載っていたので持っていけば何とかなるかなと思ったのもあるのですが。

そのあとも何度か法隆寺は行くようになり、本なども関連しているものを読むようになりました。

いつの間にか他のお寺にもいくつも行くようになったり、仏像を見るのも好きでその頃テレビで見た広隆寺の弥勒菩薩に一目ぼれして、よく写真集眺めてました。

はじめ一目ぼれした時は知らなかったけれど、国宝第1号でファンも多くかなり有名な仏像です。

また、秦河勝が聖徳太子から仏像を賜って,損野に蜂岡寺(はちおかでら)(広隆寺)を建立したそうです。
その時の仏像が弥勒菩薩で広隆寺に今も安置されています。

そんな感じで好きになったものがまた聖徳太子につながり、いつしかやっぱり自分の中で聖徳太子は特別な存在になりました。

そんな中で、自分にとって聖徳太子の建てた法隆寺というのは特別な存在となっています。法隆寺の何が好きというのではなくて、法隆寺のすべてが好きです。

そのほか、聖徳太子は本当はいなかったとか、いろいろ謎が多くて、そういうのを見たり、謎のことを考えたりしたらなんだかわくわくするというか、そんなところといろんなものが一つになって、ミステリアスでなんだかとても気になる存在となっているように思います。

スポンサーリンク

 
 
 
 
 

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする